1977年、年齢、体力の違いや運動機能の差などにもこだわらず、すべての人々を受け入れてくれる温かなスポーツ社会の実現に向け、テニススポーツをひとつのキーワードとして生涯スポーツ、万人スポーツの内容が名実の伴うものになることを願う活動が国内でスタートしています。 様々な情報収集、研究開発を兼ねた各種の企画やイベントの積み重ねなどを進め、その環境づくりの具体的な取り組みのひとつとしてそれまでコート上では実現のむずかしいものとされていた車椅子テニスの競技開発が当時ルプトプランの名称で1981年12月からは各方面に情報を発信、提供し、公開プロジェクトとして進められきました(参照ページ dev20)  
地方地域の一部にこうしたテニス競技の実現を望む人も僅かに存在していたことを後年の情報から確認しましたが、30年近く以前には車椅子でテニスを楽しむということにも、また通常のテニスコートに車椅子を持ち込むことへの理解も少ない時代でした。
ここに紹介します様々な資料は日本テニス協会、日本プロテニス協会の関係者をはじめ、数多くのテニス関係者、愛好者がボランティアとして協力し、支援の設備、用具などの提供に理解を示して戴いた関係業界の範囲を超えた多くの企業、財団等の温かな支えで新たなテニス環境が生まれ、育まれた記録の一部です。  
生涯スポーツ研究 <テニス>
ルプト・プランレポート LPTT・No−1
(1981年10月−−−1984年12月)

※このレポートは64ページ編集ですが簡易印刷仕様で発行しています

編集 ルプト・プラン連絡協議会      発行  1985年3月

次ページへ