新たなテニス環境開発の歩み  A new history of tennis environment development

     Prologue ・・  NPO事業の一歩から 30数年 ・・

このNPO事業は 1977年に研究活動を開始し、2000年からは 各種の事業内容をインターネットサイトで公開して参りました。
発信した多くの情報を 80数ヶ国、1,000以上の都市の人達が、新しいテニス環境開発や福祉方面、被災地域での活動等にも関心を示して戴きました。

2014年に NPO法人としての研究事業や様々なイベントについての活動を閉じました。 しかし、今後も 各種資料の情報発信と講習など規模小さな企画については、力続く範囲で 継続出来ればと考えております。

”新たなテニス環境開発の歩み ” として、ここに紹介する内容は各事業の僅かな部分ですが、実施した内容は、それぞれの時代の中で先駆的な企画が大半です。
レポートの閲覧する心ある人達が内容に共感したり、夢や希望を育む上でのヒントやきっかけにつながるものになることを願い 紹介して参ります。


 本レポートの筆者であり、このNPO事業責任者としての 簡単なプロフィールをご紹介します ・・・  → ※参考


このNPO活動・・ 僅か2年余のテニス経験者が取り組みを進めた新たなテニス環境づくりには 「視座交換」 といった考え方を 活かしています。
従来のスポーツは 一定の方向や立場から考えた内容で構成されているため、楽しむことの出来る人達を限定したり、楽しみ方の幅も限られたものになっています。

楽しみたい人達の立場から考えるスポーツ環境づくり・・ 走力や体力に優れた人達に有利なスポーツ(※大半のスポーツはこのスタイル) を観察、運動機能障害の人達や体力の少ない子供達、高齢の人達も楽しめるスポーツづくり・・ だれでも対等に競い合うことの出来る競技方法を生み出すことに向け、関係者として視野
と視点、視座を大きく変え、スケールの大きなスポーツ環境を育むことに努めました。


NPO事業として最初に取り組みを進めた 「車椅子テニス競技」 の発祥地は米国ですが、当時の日本国内には車椅子で楽しめるテニス環境はありませんでした。
国内テニス関係者も関心を示すことの少ない状況下で進めた車椅子で楽しむテニス環境づくりは、海外からの情報資料も得られないままに進めることになりました。

現在、国内で車椅子テニス競技を楽しんでいる人達には信じられないことと思いますが、最初に企画した国内車椅子テニス大会は、通常のテニス規定と同じ競技方法で実施する計画でした。 しかし、大会近くになって入手した米国からの情報によって 2パウンス・ルールの現在の競技規定に従い、大会を実施しました。


国内のテニス関係者や関係方面が もっと視野広く、発想豊かに、いろいろな人達の立場に身を置き換えたスポーツ環境づくりを考え、海外のテニス情報などの取得を広く進めていれば、日本において、もっと早い時期に車椅子テニスの練習・競技環境が生まれていたことと思います。

しかし、理解少ない人達も、新しい車椅子テニス環境の報道が増えはじめると、開発を進めたNPO団体とその関係者を押し退け、勝手に名声の獲得に利用しようとした心寂しい人達が台頭しました。 テニス関係者や身障者スポーツの関係者の中に生まれた人物も、マスコミの関心が少なくなるに従い、消えていきました。


当時、テニス協会など専門家の多くは、関係情報や事業資金の不足などが理由でしょうか・・ 新たなテニス環境づくりの取り組みを進めませんでした。
このため、テニス経験の少ない一般の愛好者が、国内の車椅子テニス環境づくりの主管、主導を担うことになりました。

こうした状況の中で取り組むボランティアやNPO団体に対し、協会からの財政的な支援協力は30数年間 全くありませんでした。
そのため、様々な取り組みに必要とした資金づくりを 進めながらの活動が始まりました。
この NPO 事業ファィル に紹介した内容に投入した資金は 企業や行政レベルとして取り組んだ場合の事業と比較して その規模は少なくありませんでした。


 ボランティアメンバーで 資金を出し合って購入した 最初の車椅子です。
 この車椅子が 日本国内の新しい車椅子テニス環境を生み出した1台になりました。

 近年、製造されたテニス用車椅子のデザイン、機能とは異なります。
 しかし、当時としては 最新型の スポーツ競技用車椅子でした。

 この車椅子は、テニスコートのテストデータ作成や各地で実施した各種の講習で10数年間活躍し、
 開発スタッフに準ずる存在でした。

魅力あるテニスの新分野開発は、楽しむ立場と普及を育む立場では大きく違い この難しさに立ち向かう力が不足する中、取り組みの一歩が始まりました。

各地方地域において新しい競技団体が育まれるための基礎づくりを進めることも目的のひとつに加え、既存の競技スポーツの枠を超えた発想で テニスの魅力と内容を 幅広く 社会活用させる取り組みを進めてきました。

大会企画や活動サークルなどの誕生につながったこのハンディキャップテニス開発と普及には、各地で協力支援の輪に加わって戴きました数多くのボランティアの力によるものです。 無名有名を問わず、その貴重な協力と温かな理解と支援の心で育まれた新しいテニス環境の内容を ここに紹介して参ります。
             



この30数年間に、自宅事務局の移転が3回ありました。 パソコンのない時代には・・ 写植印刷・・次にワープロ・・ 更に パソコンで作成した関係資料などは数千点以上あり、毎回の移転時に資料の一部を整理焼却することもありましたが、まだ多くの資料記録が残されています。

こうした資料の編集、公開が ボランティア活動や各方面の行政施策に、新たなビジネス環境づくりなどの取り組みに 参考になることを願っています。
編集には数万枚の写真から選別し、NPO事業活動の内容や目的と当時の状況などを ご紹介したいと考えています。

なお、本シリーズでご紹介する内容が、これまでの数多くのお問い合わせに対し、時間の関係から ごく一部方面へのご案内に留まっておりました。
ここに掲載の内容が、質問や疑問などへの回答に少しでも役立つことを願っています