新たなテニス環境開発の歩み  The step that created new tennis environment
  車椅子テニスプレーの実現に向けて ・・ 

1981年・・ ここまでの5年近く、下肢の運動機能を失った人達のテニス参加方法を探るための研究が続き、先のワインカップテニストーナメントなどの企画を通じ、一般テニス愛好者の中に初心者や高齢者も同時に参加出来る大会づくりのため、体力の少ない人達のコート内の動き方を見守りました。

障害の有無に限定しないテニス競技環境づくりと 身障者スポーツ競技に車椅子使用のテニス競技が導入されることの実現に向けて取り組みが始まりました。
1976年12月16日・・ 国連は 「国際障害者年(International Year for Disabled Persons)」 と題する総会決議を無投票で採択しました。
更に 1981年を 「完全参加(full participation)」 をテーマとする国際障害者年として宣言しました。

こうした時代環境の中、障害のある人達への理解を求め易い時期と考え、1981年12月、国内テニス協会に車椅子テニスへの取り組みを提言しました。
この提言の前後から進めていた企画活動の一部として、テニスコート上で車椅子を使用したテニス競技の取り組みを 1982年7月から開始しています。

当時、車椅子でコート使用するための許可を 公営施設の管理者に求めたところ ・・ 過去に実施例がない・・ との回答で利用が不許可になりました。
不許可とされたのは・・ 車椅子がテニスコートで使用されることは・・ 自動車でコート上を動くことと同じ・・ と考えての判断だったように思います。

過去に例がないからと・・想定外の申請内容に対して断った関係方面が不許可とする明確な理由を提示できない当時、使用許可を求めた私達も、コートを傷つけないことを証明する資料も実績もないことを認識して、施設管理者側の理解を得るためのコートテストを考えました。



     

このテストに、コート施設設計施工の企業各社に協力を求めた中で、唯一、応じて戴いたのは、スポーツ施設建設の豊富な実績をもつ世紀東急工業(株)でした。
最初にテストしたコートは、最も損傷の心配があるゴムファイバーを用いたケミカルタイプ・アーバンコートです。
アスファルトのハードコートでは車椅子のタイヤで傷つくことは皆無ですが、クッション性のあるコートは、施設側としては不安が伴うと考えての選択です。

テストの目的は、コート損傷の不安のみではなく、コート上でテニスプレーが実施された記録もない当時ですから、もっとも心配したのは車椅子を使用する人達が転倒などで大きなケガをする心配はないのか ・・ との問題でした。

当時 海外の情報が入手できず、テニスを楽しむ人達やコート施設のどちらに対しても安全であることが確認できないと、車椅子テニス環境づくりは進められません。

テストには、世紀東急工業・体育施設部の林 之英氏、山田卓一氏をはじめとして、同社技術研究所の佐藤元志研究室長、中島昭雄博士などが中心となり、テストとその後の数ヶ月に亘るデータ解析などに取り組んで戴きました。
ロール・シチュール(株)からは車椅子の提供を受け、当団体メンバーが資金を出し合って購入した車椅子の2台を使用した各種テストを繰り返しました。

車椅子に乗った転倒テストはいろいろ実施したのですが、後方に転倒するテストは、万一、頭を強打するかもしれない恐れもあり、バイク用ヘルメットを装着しました。
後日、車椅子バスケットの競技練習している人達に後方転倒の危険性を尋ねたところ 「頭を打つことは ほとんどない・・」 とのことでした。

結果は、横方向や前方に投げ出されたときの痛みが大きく、痛みが少なかったのは心配していた後方転倒でしたが・・ テストは無事終了!  幸いでした。

当時、協力して戴いた車椅子メーカーのロール・シチュール(株)から、「海外の競技用車椅子の写真を 1枚でも入手してくれれば、テニス競技用車椅子をつくります」 と言われました。 後年、普及が進むに従い、国内でも優れたテニス競技用車椅子を設計製造する企業も生まれ、後方転倒などを防ぐ構造設計が加えられた車椅子が 国内外で市販されるようになりました。

1970年代のハワイにおいて、ブラッドレー・パークス氏などによって誕生した車椅子テニスは、そのスタートが車椅子使用者が中心となったのに比べ、日本では、関係情報も得られないまま、身障者スポーツ関係者も含め、車椅子でテニス競技が可能なことへの理解が少なかった時代で、ここに紹介のテストが必要でした。


  国内 はじめての車椅子テニス環境づくりの きっかけは ・・

最初のステップは・・ テニスは 「足ニス」 との異名もつくほど走力や俊敏な動きが勝敗に結びつくスポーツです。 このため、下肢の運動機能を失った人達に適さないスポーツであることを多くの人達は当然のように考えていました。

一方 ベテランプレイヤーが、下級者を相手にゲームをしたとき、激しく動きながらプレーすることなく、勝敗を自由に操っているように見えるのもテニスです。
ネット近くのボレーショットで相手プレイヤーをコートいっぱいに走らせ、その上、初心者のショットはいつも吸い込まれるようにベテランが動かずに打球できるラケットの届く近くに打たされました。 野球のベテラン投手が打者を思うがままに内野ゴロで仕留める投球術に類似しています。

当時、テニスクラブ会員になったのですが、初級者を競技相手にしてくれる人達が少ない中、ゲーム相手になってくれたベテランプレイヤーがおりました。
しかし、高齢だから・・と話す相手の方に、長く練習相手をお願いすることはできませんでした。

「疲れたよ!」 と言ってコートの外に出たその方がベンチに腰掛け、こちらのプレーを見ながら周囲の人達と長く談笑していました。
その状況を見て、初心者の練習相手になるとき、あまり動かずにプレーする方法として、ネット際の椅子に腰かけてプレーする方法であれば 疲れも少ないことを提案、もう一度 練習相手を 頼めるかもしれないと思いました。

このときはの希望は 実現しませんでしたが、腰かけた状態でプレーする方法を下肢の運動機能を失った人達のテニス参加に活用できないかと考えました。

この考え方に工夫を進めていた当時、街中で自力で車椅子を動かしながら移動している人の姿を見かけました。 椅子の場合にはほとんど動くことは出来ないのに比べて、車椅子は少しでも移動し易いことに気づき、このとき テニスコートの中で車椅子を使用したプレー方法の工夫を進めました。

車椅子の知識を求めて、大学病院を訪ねて、車椅子で楽しんでいるスポーツの存在を尋ねたところ、紹介されたのが大型リハビリテーション施設です。

訪ねた施設の体育関係責任者に 「 車椅子を使用して 社会復帰を目指している人達に テニスの楽しみ方を紹介したい 」 と話したところ、 「テニスを 運動訓練に取り入れた経験はないが協力する」 との許可を戴き、片道2時間ほどの場所にあったリハビリ施設を定期訪問したテニスレッスンが始まりました。
このレッスンは、国立身体障害者リハビリテーションセンター(※埼玉県)の施設と公営テニス施設を利用する方法で実施しました。




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