日本ハンディキャップテニス連盟 (※旧名称 ルプト・プラン連絡協議会/ハンディキャップテニス研究協会)  主催・主管事業 (※NPO法人化前事業)
file プロジェクト dev20    Development business of the 20th century

ご案内のプロジェクトは、貴重な時間とエネルギーを投入された各地、各分野の数多くの方々が、無償・無給のボランティアとして参画して進めた内容です。
各事業は、大小様々なボランティアサークルや個人経営から各界各企業の力、社団・財団の支援協力も加わり、取り組みが進んだ30数年の企画活動です。

こうしたプロジェクトは、それぞれの時代で先進、先駆的な企画が大半ですが、活動内容は名声や営利を目的とするものはなく、こうた方針から、関わった方々や各方面の名称も、企画運営関係者の存在と共に一部の方面を除き、一般の人達に紹介することはありませんでした。 このNPO事業は2014年に終了し、資料管理団体としての活動のみ継続します。

  
初回企画 (〜継続年)   プロジェクト内容                                         ※右記号は 編集資料ページ
      
1977年 〜1983年 <ワインカップテニストーナメント>を企画、新たな運営内容で開催 (12大会実施)  機能障害の人達のテニス環境づくりの基礎研究を進める fa
1981年 〜1982年 車椅子のコート使用許可を公営施設に申込み・・ 国内の実施例がない・・ との回答で 利用不可とされる
  ※ここから 本格的な環境開発への取り組みを開始
  基礎研究から総合研究開発プログラムに推移
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1981年 〜1982年 日本テニス協会、プロテニス協会に車椅子テニス環境づくりの提言文書を送付−−可能な範囲で協力するとの回答あり
  ※国内の車椅子テニス環境開発の取り組みは、テニス協会の協力は一部内容に留まり、事業主管と運営負担はNPO団体に委ねられる
1982年 〜1983年 車椅子のコート使用に向けたテストにコート施工の関係企業に協力を求め、コート施工専門企業と車椅子メーカーの協力で ケミカルコートの車椅子関係テスト実施   ※車椅子転倒時の使用者の安全性と車椅子によるコートの耐用性のテストを協力企業と共に実施し、各種データ作成 fa
1982年 〜1984年 神奈川県総合リハビリテーションセンター内で 車椅子テニス競技開発を兼ねた定期指導実施 fa
1982年 〜1988年 国立身体障害者リハビリテーションセンター内で 車椅子使用者を含めた様々な運動機能障害、聴力障害の人達対応の定期指導実施 fa
1982年 〜1994年 公営施設管理方面に車椅子テスト関係資料を 提出し、横浜本牧市民公園コートを利用した様々な運動機能障害対応の定期指導実施 fa
1982年 〜2008年 各地域にハンディキャップテニスサークルの定期企画のテニス教室を 開設  テニス指導ボランティアの育成を合わせて実施 fa
1982年 〜1983年 ワインカップテニストーナメント会場のエキシビション企画として、車椅子を使用したテニス内容を公開、車椅子テニス競技の可能性を紹介
1983年 〜1984年 ハンディキャップテニスの啓蒙普及に向けた地域特別講習を 神奈川・藤沢市内、横浜市内、東京・世田谷区内の民間コートで実施 fa
1983年 一般テニス大会関係者の理解により、車椅子使用者と上下肢障害の人達がボランティアスタッフとペアを組んで競技参加
  ※この大会で 運動機能障害のある人達が 一般のペアから 初の1勝を獲得する
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1983年 〜1984年 車椅子使用者を対象にしたテニスラケットを用いた身体機能強化運動プログラムを開発し、その内容を紹介する講習指導を実施
  ※このプログラムは、中古ラケットの再利用を考え、運動プログラムは その延長線上にテニス参加への関心を高めることも期待して開発
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1984年 〜1985年 国内初の<車椅子テニス競技大会>を企画開催  第2回から<日本車椅子テニス競技大会>に改称  第3回から 愛好者中心の主管に委ねる fa
1984年 〜1986年 車椅子テニス愛好者など運動機能障害のある人達を加えた<バリアフリーアスレチックテーピング講習>を企画 (※年3〜4回企画) fa
1985年 〜1987年 国内ハンディキャップテニス普及状況の調査実施  第3回集計資料は各方面に配布 fa
1985年  運動機能障害のある人達の練習環境と全国組織などの議題について<日本ハンディキャップテニス・シンポジュウム>(第2回)を横浜で開催
  ※各地関係者や各界専門家を招き、発表、討議など2日間のプログラム実施 (※第1回は1984年に車椅子テニス競技の大会後に実施)
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1985年  ’85 障害者福祉週間の総理府広報による映画館用CF製作に協力  運動機能障害の人達などが参加した大会模様を撮影して各地の映画館で上映
1985年  ハンディキャップテニス総合研究開発の各関係資料を基にして、国内各地域の情報を加えた<ルプト・プランレポートNo1>を編集発行
  ※このレポートは、各都道府県と制令指定都市の首長、スポーツ関係方面などに、スポーツ環境の整備施策を要望する書類と共に送付
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1986年 すこやか運動10周年記念事業<’86すこやか かながわフェスティバル> (横浜球場) にエントリーし、車椅子テニスの練習内容などを 紹介 fa
1987年 〜1998年 ハンディキャップテニス競技ルールの講習会を 各地のボランティア、テニス指導者などを対象に実施 fa
1987年 〜1988年 聴力障害の人達を対象とするテニス指導とテニス練習に必要とするコミニュケーション・ツールとして 手話教室企画を定期開催 fa
1987年 〜1989年 日本テニス協会の協力によって、<ジャパンオープンテニス大会>(会場・有明テニスの森公園)の招待観戦を実現
 ※この観戦には、 各地の肢体不自由、聴覚、弱視、CPなどの機能障害がある人達を対象にして招待を図る
1987年 NFWT (National Foundation of Wheelchair Tennis )発行の車椅子テニスルールの翻訳発行許可を受け、国内資料画像と解説内容を加えて編集
  ※編集した内容は、国内初の<車椅子テニスルールブック特別版>として作成、車椅子テニスの愛好者や関係者などに寄贈
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1988年 全盲、弱視などの視力障害の人達を対象とした 視覚・視力ハンディキャップテニスの練習方法と競技内容を開発
  ※神奈川県ライトセンターと神奈川県がんセンター施設のテニスコートを利用して 国内外初の公開講習会を開催
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1988年 〜2013年 視覚ハンディキャップテニスの横浜教室を 横浜市立盲学校の学校開放施設を利用して定期企画のテニス講習を実施
  ※1993年から競技方法をバージョンアップしたサウンドテニスを開発し、身障者スポーツのみでなく、市民スポーツとしての普及を進める
1988年 国内初の<第1回 日本ハンディキャップテニス大会> 東京有明テニスの森公園16面で企画開催 fa
1988年 〜1990年 視覚ハンディキャップテニス内容を 国立リハビリテーションセンターに紹介し、定期訪問講習を実施
  ※当時、日本女子テニス連盟埼玉県支部の協力を戴いて継続指導していた運動機能障害や聴覚障害の人達のテニス講習と併行して実施
1989年 <第2回 日本ハンディキャップテニス大会> を東京有明テニスの森公園16面 + 4面(スパジオ・室内コート)で開催
1989年 〜1993年 中国帰国孤児の家族などを対象としたスポンジテニス講習を実施 (※途中、休止期間あり)
  ※この企画は、帰国した孤児家族の定着促進センターが国立リハビリテーションセンター施設に隣接しており、同センターの講習後に実施
1989年 〜1997年 重度身体障害ハンディのある人達も参加することのできるスポンジテニスプログラムを開発 (近年の S・ST は 当初はスポンジテニス21)
  身体障害者療護施設の峰岡園(千葉県鴨川市)に定期企画活動として年6〜8回訪問して練習指導
1989年 ’89 横浜博覧会の市民企画として<国際児童ショートテニス講習会>をエントリー  第1日 みなとみらい21の横浜美術館前で講習実施
  第2日 国内並びに米軍基地の子供達チームなどを招き<国際児童ショートテニス大会>を 横浜市磯子スポーツセンター会場で開催
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1990年 〜1993年 地域大会企画<横浜市ハンディキャップテニス大会>を 横浜市身体障害者団体連合会と協力して開催
  ※1994年からは愛好者団体の運営主管に移行する
1990年 <第3回 日本ハンディキャップテニス大会> を 東京有明テニスの森公園16面+4面(スパジオ・室内コート)で開催
1990年 〜1991年 国内初のハンディキャップテニスルールブック 第1版を編集(1990年)  同テニスルールブックの 第2版を編集(1991年)
  ※第2版の 2,300部を 日本体育協会方面、各テニス協会、日本女子テニス連盟、福祉施設関係、各都道府県の関係者などに寄贈
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1990年 〜2012年 国内外初 <第1回 視覚ハンディキャップテニス大会> を 国立身体障害者リハビリテーションセンター(室内)で開催
※同センター関係者、視力障害者達と協力して運営  全盲、弱視の人達を対象に設定した競技方法をハンディキャップテニス内容を土台に設定
※この大会前に同センター関係者と 日本視覚ハンディキャップテニス協会 を創設  1994年以降の企画から現地関係団体の主管に委ねる
1991年 1991年 <ハンディキャップテニスクリニック&エキシビション> を資金事情から例年の大会企画に代え、有明テニスの森公園8面で開催
1991年 〜2013年 サウンドテニス神奈川教室を神奈川県ライトセンター施設を利用して定期講習を実施
1992年 <”92 日本ハンディキャップテニス大会 (第4回企画)> を 東京有明テニスの森公園16面 + 4面(室内)で大会競技として再開
1993年 <”93 日本ハンディキャップテニス大会 (第5回企画)> を 東京有明テニスの森公園16面+4面(スパジオ・室内コート)で開催
1993年 現役世界ランキング 1位のジム・クーリエ選手が直接指導する<ハンディキャップテニスクリニック>を DHLジャパン(※ ドイツ) の支援で実現
※1都2府5県の肢体不自由(車椅子含む)、聴覚、弱視などの12名を招待 (協力 日本女子テニス連盟兵庫県支部  会場 夙川テニスクラブ)
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1993年 〜1994年 ハンディキャップテニスルールブック英語版 <HANDBOOK RULES OF HANDICAP TENNIS> を 関係者の英訳協力で編集・発行
  ※英国大使館の協力を戴き 英国内の50方面に寄贈  この他 留学生などの協力で海外の一部方面に寄贈
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1994年 <ハンディキャップテニス総合講習企画> (セミナー、指導者研修、硬式、スポンジ・スーパーテニス、サウンドテニスの各講習)を開催
 ※四国会場(香川・愛媛)、関西会場(兵庫)、東京会場の3会場で実施
1994年 〜1995年 国内の身体障害者療護施設訪問のスポンジテニス講習(重度障害のハンディのある人達を対象)を 実施
  ※新潟、長野、兵庫、福井、北海道、千葉、高知、鹿児島、埼玉などの11施設を訪問  沖縄方面施設は1999年に訪問
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1994年 <”94 日本ハンディキャップテニス大会(第6回企画)> を 東京有明テニスの森公園16面 + 4面(スパジオ・室内コート)で開催
 
※1995年の阪神淡路大震災の被災地域支援活動にNPO事業として取り組むため、この第6回大会が最終企画となりました
1995年 〜1997年 阪神淡路大震災被災の各地域支援活動を進める (救命・被災地支援のENH活動を創設し、神戸、淡路など100数ヶ所の避難施設訪問)
  ※被災地の子供達にスポンジテニス紹介 避難所施設には支援物資や用具類など寄贈  仮設住宅地域で高齢者や子供達向けのテニス講習実施
  ※1995年5月  ”神戸わんぱくまつり” (会場・神戸総合運動公園)に <ショートテニスゲーム>の企画で参加
   協力は 日本女子テニス連盟兵庫県支部/神戸テニス協会/ダンロップテニス/山陽学院、他 並びに ENH活動メンバー
  ※1996年12月 神戸コーポアイランドの第2仮設住宅ふれあいテントで <神戸の星空をみんなで楽しむ>を実施 他企画は別紙に紹介
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1995年 〜2000年 <東京ハンディキャップテニス大会> (硬式テニス競技)を 東京巣鴨スポーツセンター会場で開催
1995年 日本スポンジテニス協会設立
1996年 〜2000年 <スポンジテニス東京オープン>大会企画を 東京巣鴨スポーツセンター会場で開催
1996年 〜2013年 サウンドボールの音響部品開発の研究  ※音響部品(盲人卓球ボール)の改良(破損、失音、音量) と新規部品研究
1996年 全国盲青年研修大会の特別プロクラムとして サウンドテニスのルール紹介と実技指導を実施 (※依頼企画) ※神奈川県平塚市会場
1996年 日本サウンドテニス協会設立
1997年 国内の身体障害者療護施設訪問のスポンジテニス講習  第2回シリーズとして大分県内施設 ※知的障害児施設と高齢者ケアホーム施設を加える
1997年 <ハンディキャップテニス総合講習企画・第2回シリーズ> 大阪門真市・なみはやドームと名古屋市名東スポーツセンターで実施
1999年 ハンディキャップテニス講習 (S・ST、サウンドテニスの指導者講習と一般講習)を実施 (※主催・沖縄那覇市テニス協会 会場・沖縄市内施設)
同県内にある 被虐待児童の保護施設を訪問 子供達にスポンジテニス紹介





特定非営利活動法人 日本ハンディキャップテニス連盟  (※2001年7月 特定非営利活動法人 内閣府認証)    主催・主管事業
file プロジェクト dev21  Development business of the 21th century

2000年 〜2013年 インターネットによる情報発信  ※競技資料はじめ各種情報、資料の公開(※会員協力による情報発信は1998年から)
2000年 〜2013年 ハンディキャップテニス研究開発資料の公開とデータベース化  ※研究開発、啓蒙普及事業の関係資料の公開に向けて編集
2000年 〜2002年 避難生活の続く三宅島の子ども達のサポート  ※旧・秋川高校敷地内で生活する児童を対象にスポンジテニス等のゲーム交流を継続 fa
2001年 〜2013年 認知症の予防と進行改善のプログラム研究 ※サウンドテニスを活用、視覚、聴覚と脳を刺激する効果、周囲とのコミュニケーション効果を活かす
2001年 〜 CPRフリートレーニングセンター365の開設計画 (実務能力不足の人達を対象に、24時間利用可能な施設/災害発生時の支援センター兼用)  
 
※警察、医療関係者も含む一次救命措置の技術研修に関心高い人達を対象(※救命講習受講後から長期間、未研修の人達多数が存在)
 
 被災地域支援活動を通じて、災害や事故発生時の救命活動に多くの人達が確実に対応できるCPR技術の広域普及の必要性からの企画
  
常設CPRトレーニングのモデルセンター開設の資金づくりに努める 開設までの資金づくりは未達の状況  理解を求める活動は継続中
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2001年 <スポンジテニス21 (S・ST ) 関西オープン>  会場・なみはやドーム ※子供達や初心者などにテニス紹介、ゲーム交流、指導者講習 fa
2002年 <スポンジ・スーパーテニス関西オープン2002> ※運動機能障害の児童を含む6歳から70代の人達まで参加 fa
2002年 ベッドや車椅子上のテニス参加 ※東京板橋区の心身障害児医療療育センターで重度障害児にスポンジテニス体験機会を企画 fa
2002年 運動の苦手な子供達、運動機能障害のある子供達が他の子供達と一緒に親しめるS・ST を 神奈川県大和市各学校関係者に実技指導
2003年 〜 テニス活用の健康福祉、在宅リハプログラム開発 ※介護福祉に軽運動プログラムのシステム化と雇用創出、地域活性を図る
 ※一部の行政関係方面にシステム紹介と導入の働きかけを行う
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2004年 〜2006年 <スポンジ・スーパーテニス 元気プロジェクト新潟> ※新潟県中越沖地震被災地域の生活復旧を目指す人達と子供達にテニス紹介等でサポート fa
2005年 中部地域の盲特別支援学校グループ10数校の教職員を対象とした サウンドテニス指導者講習を実施
2011年 〜 東日本大震災被災地域を訪問して 被災地の小中学校にテニス用具と教材DVDなど寄贈
 ※資金づくりの関係で、寄贈活動に加えた支援企画 <東日本 ”元気 ” サポートプログラム基金> は保留したまま現在に至る
  この基金では 被災地域のスポーツ用具製作・販売のミニ産業による地域活性と認知症の予防・回復の研究センター開設を図る内容等を計画
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※表記以外の内容は編集中


資料所管団体  NPO法人日本ハンディキャップテニス連盟   資料著作権者  三宅 孝夫 (連盟代表)
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