西日本豪雨被災地では 浸水した家屋の中に流れ込んだ泥の排除に 体力を必要とするボランティア活動が また 避難所で生活する人達の健康維持と 会話で心を癒す活動が必要です。
一般道路などは 大型機械力をもつ組織の力が必要ですが 室内の泥や汚れを取り除く作業は ボランティア活動が効果的です。 ひとりひとりに出来ることを考え 進めたいところです。


 災害の苦しみから・・ 被災地が 本当の元気な姿を取り戻していくために 行政等の大きな支援に加えて 様々なボランティア活動は 貴重な力になります
 被災者を支えたいと考える人達が数多くいますが 体力がないために 被災地での活動は難しいと考える人達がいます・・ しかし 被災地域で必要とする活動は 多々あります

その一例をご紹介します・・   阪神淡路の被災地域支援活動を進めていた当時 ボランティア募集に応えて参加した女性のおひとりが 現地活動に参加しました。
被災地から遠く離れた地域で テレビや各報道機関が日々伝えているニュースを聞き 「じっとしていられなくなって 支援活動に加わりたい・・」 と勤務先の医療機関に申し出たところ・・ 上司から 「専門技術のない者が 被災地に行っても 何の役にも立たない・・ 」 と言われたため・・ この勤務先を辞職して 当支援活動拠点に来ました と話してくれました。

支援活動の中で 被災者や子供達を元気づけることは大事なことです。  当時 この女性を含む多くのボランティアの人達と 1,200ヶ所以上開設されていた大小避難施設 110ヶ所余を訪問する活動を進め 厳しい避難所生活を続ける人達への心ばかりの支援物資と共に ひとりひとりに声掛けを図りました。
この声掛けに 被災者から 「被災時の苦しみや悲しみを 丁寧に聞いてくれたことは 本当にありがたいです・・」 と涙を流し 喜ばれた様子を 嬉しかった・・ と報告がありました。

被災した人達を支え、救う方法として・・ 体力少ない人達が各地の被災者を救う例が多々あります。 怪我や病気の人達を救う専門医の活動に並ぶものとして 避難所などで被災した人達の声を聞き、会話することで 疲れやストレスで苦しむ人達に生きる勇気を生み出す活動は命を救い 手術のメスにも負けない働きを果たします。
過去に 被災した人達が避難生活の環境や仮設住宅の中で 尊い命が失われた例が数多くあります。 長い避難生活を余儀なく過ごす人達を支える活動は貴重です。
 過去の被災地域支援の一例です  
被災した人達に必要なものは・・   被災現場の様々な環境を考え 支援内容を工夫・・
 
避難所に移った人達が、家族や友人,知人との安否連絡に使用できるようにと、便箋,封筒,切手、ハガキのセットを用意、支援物資のひとつに加えました。 便箋やボールペンは、聴力障がいの人達との筆談にも役立つことを願い、手渡すときにこの点もお願いしました。 コミュニケーションづくりは 大事な支援方法のひとつです。
 
体育館や教室に避難している子供達のストレスを発散する方法のひとつに、周囲に危険の少ないスポンジテニス用具を寄贈し、イタズラ書きノート,クレヨン、折り紙なども用意しました。スポンジテニスは長く避難所で支援活動を継続中のボランティアのストレス解消にも役立ち・・元気が出ました・・と評価されたことは幸いでした。


テニス事業を主とするNPO団体が なぜ 被災地域支援や福祉関係への取り組みを進めるのか?・・ との疑問を感じる人達がおりました。
しかし JHTFは 国内のテニス界を統轄するとされるテニス協会が 多くの助成金や寄付金で運営する組織と異なり 資金の大半を 団体関係者達が自ら複数の仕事で働いた資金で40年余の運営を継続しました。  テニス関係事業は 専門協会組織が豊富な資金を活かし 推進すると期待し NPO団体としては 限られた資金と労力を 被災地域支援に全力投入しました。
 
多くの時間を投入した被災地域活動を通じて生まれたノウハウは 次の支援活動に活かし 被災した人達を元気づけることに役立ちました。
被災した人達の気持ちを思い 被災地域の様々な状況に接しながら進めた各種活動の多くの記録は 時間の関係で 未編集もありますが 一部内容は 次のリンク資料で紹介しています。

  ● 阪神淡路大震災 被災地域活動 1995年〜1997年    ● 三宅島噴火の 避難児童と過ごす 2000年〜2002年   
  ● 新潟中越沖地震 被災地域活動 2004年〜2006年     
● 東日本大震災 被災地レポート 2014年〜