子供達の元気を育む

トピックス   三宅島の子供達 in 秋川
 帰島の日まで・・ 子供達の元気を支えたい・・


 ※※※2000年6月26日・ 緊急火山情報が気象庁から発表・・ 地震の増加と三宅島の雄山が噴火する恐れあり・・ ・・・
 こうしたニュースが島内全域に流れ、その後、子供達全員の島外避難が実施されたのは8月29日・・
 住み慣れた三宅島から避難先と決定された東京都あきる野市の秋川高校(注1)施設内の全寮生活に入ったのは8月30日からです。

 子供達の大半が両親などと離れての生活・・ 低学年の小学生から高校生まで360名が慣れない寮生活をスタートしています。
 島に残った家族のことを心配し、ひとりで眠らなければならない生活は高校生、中学生も同じですが、中でも 1,2年生を含む小学生達
 にとっては不安と寂しさでこころがいっぱいになっていたことと思います。

 その寂しさや不安を家族に代わって懸命に取り除こうとして努め続けたのは教職員の人達でした。
 避難してきた子供達をサポートするために、地元社会福祉協議会はじめ青年会議所やボランティア、NPO団体などにより、高校敷地内
 に「三宅島児童・生徒支援センター」が設置され、ここが拠点となって各地から寄せられた支援物資や義援金を三宅島の子供達に送り、
 また、放課後の子供達の遊び相手になるなど、各種の活動を継続しています。

 避難生活の不安な日々を過ごす子供達の心をサポートしようとして、数多くの支援団体がいろいろな内容で関わってきました。
 NPO団体のひとつとしてスポーツによるサポート活動を提案させて戴き、2001年からスポンジテニスを主として当JHTFも加わりました。
 出来れば・・子供達が故郷の三宅島に戻る日まで、このテニスサポートを続ける予定です。
 
 既に三宅島を離れて1年以上、火山ガスの危険でまだ帰島への見込みがはっきりしませんが、ひとりひとりの生活背景が変わり、寮を
 離れ、転校したり、進学したりしています。 しかし、まだ全寮生活を過ごしている子供達もおります。
 ここに、コート上で元気に活動している子供達の様子、ボランティア活動内容などの一端をご紹介して参ります。
   (注1) 現在、都立秋川高校は都立三宅高校に代わり、この敷地内に三宅村立の中学校と小学校が各3校設置されています。


 2月から始まったテニス活動は誰でも簡単に親しめるスポンジテニスを主としていましたが、夏を迎える頃から硬式テニスに人気が高まりました。

 
疲労で倒れたの?
ビッグイベントの中に見るシーンを真似て・・子供達は残念なショットをした後、コートに倒れるスタイルを見せます!そのまま起きない子もいますが、無視されると・起き、またプレーを再開します!?

5年生のTくんはスポンジテニスのスペシャリスト・来年1月からは家族の住む避難先近くに転校・秋川でのテニスは思い出のひとつに・・
長い間使用されていなかったコートは少し荒れていて、コートを取り巻くフェンスは雑草がいっぱいでした。夏、ハードコートの隅に溜まった枯草や泥を掘り起こすと大きなミミズが沢山いました。
誰かが・ミミズを買ってくれるところがあるとの情報を出すと・・NPO活動の資金不足を補うことに活用出来ないか?と議論を起こしました。結論が
出ない間にミミズはいなくなりました・資金づくりのゆめも はかなく消えて・・ 
子供達のテニスは個性豊かな内容です。スポンジテニスでは・ツバメ返しや魔球を考案・・硬式は・テニス専門用語を言葉にしながら・・内容は?です。とにかく楽しくやりたい・というスポーツの一番大切なポイントを押さえたテニスです。しかし、硬式テニスの腕前も上がり、もしかして将来は?との期待も感じさせてくれます。


 子供達が書いたメッセージ



支援センターがある北辰館の建物内にはいくつかの部屋があり、そのひとつにいつでも楽しめるスーパーボレーコートが常設されています。


 
屋外コートは3面、その1面にスポンジスーパーコートを特設しています。

いろいろな人達とテニス交流!学生のアドバイザリースタッフや取材の記者、先生も時々加わります。
子供達はテニスの初心者が入ると先生役にまわって親切に教えます・・魔球の打ち方まで・・
テニスの遊びに参加する子供達は、中学生も一部おりますがほとんどは小学生達です。
この小学生も、サポート活動が本格的にスタートした2001年2月には
63名でしたが、6月には
23名(家族の避難先からの通学児童含む)になりました。(※支援センター資料から)

寮生活の子供達は少なくなりましたが、毎水曜日のコートに3〜14名が集まります。
天気の悪い日は室内のボレーコートで楽しみます。 北辰館の中では音楽室やパソコン室など
でいろいろな遊びをします。
この支援センターではいろいろな人達が個人、団体で子供達のサポート活動を続けています。
夏休み前までは、低学年の子がボランティアのヒザに乗ってテレビを見たり、肩車で遊ぶ姿も
よく見かけました。子供達の心が伝わってくるようです。

 ボランティアの人達は専門的な技術や経験をもつ方もおりますが、大半は専門分野とは別の活動内容にも多く参加しています。
 遊びについては子供達が今やりたいと思っていることに合わせています。
 テニスサポートの人達もテニス以外の活動で子供達と接しています。イベント会場の手伝いや野球、サッカー、バドミントンなどいろいろ
 ですが、経験がなくても子供達の遊びの輪に加わります。

 テニスは経験者に加えて、秋川の活動に参加してから初めてラケットを握ったボランティアの人達もいます。
 スポンジテニスは簡単に親しみ易く、すぐに子供達の相手になれます。 しばらくは子供達のカモにされますが、良きコミュニケーション
 を図っています。 早く上達を目指す子供達は経験者が時々アドバイスを送り、一方、ゲームで翻弄されながら、それぞれの持ち味で
 子供達の心をサポートしている人達もおります。


 この秋川でのテニスサポート活動にはNHKボランティアネット情報や当ページ情報から参加された人達が大半です。
 東京以外の地域
から活動参加する人達も多いのですが、子供達を元気づけながらボランティアの人達も子供達から元気をもらっている
 人達が多くおります。 出来る限り、時間の調整を図りながら子供達とのふれあいを続けようとしています。

 
12月5日には、硬式ミックス種目とスポンジテニス種目の「三宅島児童・ボランティア友好テニス大会」を開催しました。
 ボランティアの人達も加えて、途中から参加した人達も加え25名が日没でボールが見えなくなるまで屋外コートで硬式テニスを、次に
 室内に入ってスポンジスーパーボレーの種目を楽しみました。

 日没が早くなった秋から初冬に入り、ボールが見えなくなるまでプレーすることが多く続き、子供達は元気です。
 テニスボールとラケットは、中古のボール提供をお願いした方面の温かな協力で揃い、スポンジテニスは子供達に寄せられた支援で
 センターが用具を揃えました。 いろいろな方面からの温かな後方支援が、このテニスサポート活動の内容も充実させています。


 2002年3月で小学生の姿は、三宅村小学校の6年生の卒業を最後に秋川の敷地内から見えなくなります。
 中学生や高校生については卒業生を別にすると大きな変化はありません。
 これまではテニス参加の中学生以上は僅かな数でした。 授業終了時間の違いやクラブ活動、勉強時間などの都合で参加機会が
 なかったのかもしれません。しかし、高校生を含め、そのひとりひとりの心のストレスは外見以上に大きなものがあると推測します。

 今後、どのような内容でテニスサポートを継続するかは分かりませんが・・
 子供達がスポーツで若いエネルギーを発散することが出来れば、体力も心も健康維持できると思いますので、秋川地域以外の場所に
 もサポート活動を広げ、高齢者や避難先の地元の子供達も加えた幅広いテニス交流の環境を工夫したいと考えています。


 子供達と過ごしたテニス交流(レポートNo2から)
スポンジテニスで遊ぶひととき!
学生ボランティアのお姉さんも加わって一生懸命にラケットを振り、打てなくても にっこり!放課後の遊びは家族と離れた寂しさを少し忘れさせてくれる時間です


中学生達のバレーボールのクラブ活動で使用予定の体育館の半面を利用
子供達は自由なスタイルでスポンジテニスを楽しみます。ひとりひとりの違った個性は見ているだけでも楽しい!ここではテニス指導は不要!子供達が独特の打ち方を逆に教えてくれました

秋川高校として最後の卒業式会場となる講堂を利用させて戴きました
最初の6ケ月くらいまではスポンジテニスが主流でしたが、屋外にある3面のコートでの硬式テニスが人気を集めました。この2002年に入る頃、子供達は飛躍的に上達し、スポーツセンスにも優れた子供達ですが、遊び心のセンスも抜群でした。

中学校には硬式テニス部がないために野球部に入るという Yくんは文武両道です
2001年2月 2001年3月 2002年3月
     

避難当初は多くの子供達が秋川におりましたが、家族の住む避難先からの通学に切替え、また、最寄りの学校に転校する子供達も増え
寮生活を送る児童は次第に減少していきました。 
そしてこの3月、
通学していた児童も含めて秋川で生活した子供達は卒業し、秋川を去っていきました。
三宅村立小学校で勉強を続けた小学生18名、この中の16名が卒業生ですが、残る2名の下級生も4月からは転校となり、秋川から
小学生の姿がすべて見られなくなりました。 三宅島の小学校は島民の人達が無事に帰島されるまでは休校となります。 
再び、三宅島の中を元気に走り回る子供達の姿が早くに見られることを祈りたいと思います。



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